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EPITAPHS

インターネット上の表現が墓碑銘(epitaph)のようだと思ったことがあります。個人の生き様を表した言葉がサーバーの生きる限り永続的に続く様が、墓石に刻まれる故人をしのんだ碑文のように感じたからです。

毎週金曜更新予定。


2018-08-10

無題 2018/08/10

芸術の技術を磨くのは、説得力を持たせるためである。説得力の対象は例えば他人、あるいはその存在を認めるならば神に対してである。つまり技術の研鑽は、自分以外の存在と高度な意思疎通をとれるようになるためとも言える。

一方で、まったく意思疎通を取らない、一切人と会話しなくてもいい表現手段を一つ持っておくと、それを発散することで自分にとっての何かの整理にはなる。

たとえば僕の場合、絵がそれである。


2018-08-03

mixiでは小説ばかり書いてた話

僕が人生で初めて出会ったSNSはmixiである。当時高校二年生、僕は作曲の勉強をしていたから「作曲」というド直球な仇名を頂いていたが、帰りの電車、クラスの友人M氏から「作曲ゥ〜mixiとかやりなよ〜」と誘ってくれたのが始まりである。

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2018-07-27

短編小説: 無間桃太郎

むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがいた。度重なる核戦争で荒廃しきったこの山で、おじいさんは生きた植物を求めて草刈りに出かけた。一方おばあさんは、しょっちゅう毒の灰が舞い散るこの山で汚れを落とすために、近くの綺麗な水流の良い川で洗濯をしに出かけていた。

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2018-07-20

作曲で影響を受けたと思う音楽

物を作ることにハマるきっかけはいくらでもあるが、やはり尊敬できる人や、好きな作品などの出会いは大事だと思う。真の意味での「オリジナル」は存在しようがなく、何かしらの影響を受けながらそこに新しいアイデアが注入される。それが僕にとっての多くの作曲の工程かもしれない。
そんなわけで本日エピタフでは自分が影響を受けたなあと自覚的に思う作品を紹介しよう。

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2018-07-13

ホラー映画の思い出

真夏の13日の金曜日ということでホラー映画についてでも。

自分は色々な映画を見るが、実はホラー表現は昔大の苦手だった。テレビ内の演出で血を見るたびにヒィ!と悲鳴をあげて階段を上がっていったものである。
でも正直それが悔しかった。私はアホである。負けず嫌いである。わかりやすい弱点はできるだけ潰しておきたかった。
だから家族の目を盗んで心が傷つくのを覚悟でYoutubeやTSUTAYA等からホラーな動画や映画を片っ端から観ていた。
振り返れば勿体無い人生だったと心底思っている。そして結局、今も怖い演出自体は得意ではない。

とはいえ、やはり、不気味な表現でしか見れない夢の表現というものがあり、夢物語フェチである私にとって心に残る素敵な作品も少なからずあった。

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2018-07-06

詩「ロープ」

ある日、しとしとと雨が降る憂鬱な天気、駅のホームを抜けて空を見たら、高層ビルぐらいの大きさのサラリーマンが首を吊って死んでいた。

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2018-06-29

シューマンの「幽霊の変奏曲」

作曲家ストラヴィンスキーの言に「音楽は音楽以外の何ものも表現しない」というものがある。文学も思想も物語も「音楽」ではない、ということだ。トートロジーではあるが、「私は私でしかない」というような悟りの領域のようにも感じられて、僕はこの考え方は好きである。

一方この言の一つの側面として、文学や思想や物語を付随した”標題音楽”など純粋ではなくストイックさに欠ける、というような、ロマン主義への批判に繋げることができる。僕自身はそれが恥ずべきこととは思わないが、主張自体は一理あるとも思う。例えば、「鳥やそよ風のような音型を使って森を表現した音楽」といっても、鳥やそよ風はあくまで特定の書法にあわせてサンプリングしたものにすぎず、結局それらの素材を動かすのはやはり歌心や構成や音響の効果などの音楽の発想あってこそだからだ。音楽の本質は音楽なのである。

そのような不純な手法に見える”標題音楽”も、題材によっては純粋にストイックな絶対音楽の片鱗を見せることがありうるのではないかと思う。例えば「死」だ。

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