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EPITAPHS

インターネット上の表現が墓碑銘(epitaph)のようだと思ったことがあります。個人の生き様を表した言葉がサーバーの生きる限り永続的に続く様が、墓石に刻まれる故人をしのんだ碑文のように感じたからです。

毎週金曜更新予定。


2018-08-24

短編:シ線上のアリア

朝のコンサートの前に軽く朝食を済ませよう・・・ディケンズはそう思い近くのダイニングレストランに向かう。レストラン内はクラシック音楽が流れていて、今はパッヘルベルのカノンである。ディケンズは腰を下ろし、自身の商売道具たるヴァイオリンケースをその側に置く。そしてパンとサラダとエッグとコーヒーを注文し、新聞を読み始める。

どうやら近頃、人が突然悲鳴を上げながら死ぬという奇怪な現象がこの街で頻繁に起きているようである。化学薬品なのか細菌なのか、あらゆる原因を調査しているものの全く不明で、未だ解決されていない。これで3人目ということなので、まったくどうにかならないものかね、と思いながらディケンズは新聞をめくる。が、ふと思い当たってふたたび怪現象の記事を読み返す。犠牲者がどれも似たような顔をしている。どれも、どこかで見たことがあるような顔だ。
しばらくしてなんだか気が重いなと思っていたが、よく耳をすますとその答えはわかった。店内で流れている音楽がいわゆるバッハのG線上のアリアだったからだ。ディケンズはそれを訊いて、何かを思い出してため息をついた。

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2018-08-17

プロコフィエフの“鉄と鋼の”うた

激烈な感情をもったものに限って、時折優しい一面を見せた瞬間の切なさは途轍もなく大きい。たとえばこの、プロコフィエフ交響曲第2番がそうだ。

プロコフィエフ交響曲第2番はオネゲルの作曲したパシフィック231という機関車のような曲に霊感を受け「鉄と鋼の交響曲」を作ろうと思い立って作られた。

しかしその内容は耳をつく警告音、切り刻まれるようなリズム、野太い歌に満ちた激しい音楽で、当時同じく激烈なストラヴィンスキーの「春の祭典」ブームが去ってサティのような耳に優しい六人組が流行っていたパリにおいてはあまりに冷淡な反応だったそうで、あのプロコフィエフが自分の才能を疑うほどに自己嫌悪に陥ったという逸話が残されている。

この交響曲は全2楽章からなり、第1楽章が前述した激しいドチャスカした金属の筋肉みたいな音楽だ。とりあえずこの雰囲気をリンクのクリックで確認してから次を読むと良いかもしれない。

第2楽章はそれと対比して何かエモい。次の冒頭だけでも聞いていただけると言わんとする事がわかると思う。

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2018-08-10

無題 2018/08/10

芸術の技術を磨くのは、説得力を持たせるためである。説得力の対象は例えば他人、あるいはその存在を認めるならば神に対してである。つまり技術の研鑽は、自分以外の存在と高度な意思疎通をとれるようになるためとも言える。

一方で、まったく意思疎通を取らない、一切人と会話しなくてもいい表現手段を一つ持っておくと、それを発散することで自分にとっての何かの整理にはなる。

たとえば僕の場合、絵がそれである。


2018-08-03

mixiでは小説ばかり書いてた話

僕が人生で初めて出会ったSNSはmixiである。当時高校二年生、僕は作曲の勉強をしていたから「作曲」というド直球な仇名を頂いていたが、帰りの電車、クラスの友人M氏から「作曲ゥ〜mixiとかやりなよ〜」と誘ってくれたのが始まりである。

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2018-07-27

短編小説: 無間桃太郎

むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがいた。度重なる核戦争で荒廃しきったこの山で、おじいさんは生きた植物を求めて草刈りに出かけた。一方おばあさんは、しょっちゅう毒の灰が舞い散るこの山で汚れを落とすために、近くの綺麗な水流の良い川で洗濯をしに出かけていた。

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2018-07-20

作曲で影響を受けたと思う音楽

物を作ることにハマるきっかけはいくらでもあるが、やはり尊敬できる人や、好きな作品などの出会いは大事だと思う。真の意味での「オリジナル」は存在しようがなく、何かしらの影響を受けながらそこに新しいアイデアが注入される。それが僕にとっての多くの作曲の工程かもしれない。
そんなわけで本日エピタフでは自分が影響を受けたなあと自覚的に思う作品を紹介しよう。

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2018-07-13

ホラー映画の思い出

真夏の13日の金曜日ということでホラー映画についてでも。

自分は色々な映画を見るが、実はホラー表現は昔大の苦手だった。テレビ内の演出で血を見るたびにヒィ!と悲鳴をあげて階段を上がっていったものである。
でも正直それが悔しかった。私はアホである。負けず嫌いである。わかりやすい弱点はできるだけ潰しておきたかった。
だから家族の目を盗んで心が傷つくのを覚悟でYoutubeやTSUTAYA等からホラーな動画や映画を片っ端から観ていた。
振り返れば勿体無い人生だったと心底思っている。そして結局、今も怖い演出自体は得意ではない。

とはいえ、やはり、不気味な表現でしか見れない夢の表現というものがあり、夢物語フェチである私にとって心に残る素敵な作品も少なからずあった。

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