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Endor

作品概要

この作品は「死んだ音楽」というアイデアに基づくものである。
メディア機器が進化していくことで、生演奏というメディアはメディアの原義である”霊媒”のごとく古き精神を主張する存在となって後退していくのではないかとふと考える。
それでも前進する可能性を求め様々な試みを行う人たちを私は知っている。
だが、私はものごとの本質に触れたい、という気持ちからあえてペシミスティックに、見たくもないことを直視することで、この創作に取り組んだ。
すなわちこれはすでに一度死んだ音楽である、ということを。
クラシック音楽の作曲はすでに一度解体されてしまったということを。

エン・ドル (Endor) の物語

このエピソードは旧約聖書のサムエル記上28章3-25節で原⽂を確認することができる。
イスラエルの王サウルはペリシテ⼈との戦争で完全に⾏き詰まっていた。神から何も助⾔を貰えず、進退窮まったサウル王は禁忌を破る。つまり、⾃分が昔頼りにしていた偉⼤な預⾔者サムエルの霊を呼び出すため、降霊術を⾏う⼥の住むエン・ドルの地に訪れたのだ。
他でもない⾃分たち霊媒師を追い出したサウル王に⼥はひどく困惑しつつも命がけでサムエルを召喚する。しかし現れた預⾔者の霊らしきものは冷たく突き放した態度で、王は以前から神に⾒捨てられおりまもなく殺される運命である、と告げた。その預⾔は実現し、サウル王からダビデ王の時代へと変わってしまうのである。

楽曲「エン・ドル」解説

「エン・ドル」は演奏を舞台上の霊媒とみなすアイデアに基づき、存在しない古い様式の楽曲”Ghost”を細分化しコラージュする⼿法を取った叙情的な作品である。
「Posthumous」は「死後の」を意味する形容詞である。

Posthumous I : Prelude
“Ghost”をコラージュした、ソナタ形式的な趣を持つ作品。コラージュの⼿法は模倣・変奏・縮⼩などの伝統的な技法を⽤いる。誤った響の組み合わせから半⾳階的な変奏に続き、もとの曲の持つ調和が乱れて野生的でリズミックな⾳楽へと変容する。その頂点でFinaleの幻影が⾒えた時に曲はたちまち崩壊するように終わる。

Posthumous II : Organum
ペロティヌスのオルガヌムを参考にした楽章。グレゴリウス聖歌”Dies irae”の旋律をチェロによって⻑々と奏し、その上にミニマル的な技法を伴う⾳群が羅列される。曲の流れは歌詞に沿って三部に分けられ、”Dies iræ, Dies illa”の箇所ではトーナル(調性的)な⾳でシンプルなリズムによる変奏、”solvet sæclum in favilla:”ではアトーナル(無調的)な乱雑な響が混じることで破壊を⽰す。”teste David cum Sibylla”では最初の部分が形を変えて変奏され徐々に消えていく。

Posthumous III : Scherzo
“Ghost”の旋律の⾳列に基づくスケルツォ。ピチカートによる静かな主題の後に激しい変奏が繰り広げられる。

Finale
Posthumous I の終盤で⽰されたハーモニーの伴奏に乗せて葬送⾏進曲が歌われる。徐々に”Ghost”が現れ、その完全な姿を⼀瞬表したのちに⾳楽は解脱して消えていく。