無機物のための三つの小曲
2023/09/13 初演
「半音」という単位は各オクターブを十二に等分した音程の高さといえる。この際、オクターブはどの高さであっても等しくオクターヴの高さとして扱われることが前提となっておおり、現代の五線譜ではこの半音の単位の考え方に基づいて定義され、記譜されている。
ただし厳密には周波数で考えればオクターブとは2のn乗倍の周波数の関係であり、各オクターブの差は決して一致しない。例えば100Hzのオクターブは200Hz,400Hz,800Hzとなっていくが、高い音ほど周波数の差はより大きくなっていく。
このことは周波数と逆数の関係にある媒体の長さにもかかわっている。弦楽器で言えば、オクターブないし半音階は、弦の長さは全く等分の関係ではないのだ。高くなればなるほど、押さえる指やフレットが狭くなっていくのである。
つまり半音階はあくまで聴こえる側の都合によって定義される音程であり、例えば弦楽器でまっすぐ指を等速直線運動しながら音を鳴らした場合、半音階とは全く異なるカーブを描いた音程の動きが算出される。
この動きはまさに人間の聴く側の都合を考慮しない、楽器にとっての自然な音程群となる。このカーブを研究することで新たな無機的な歌心を手に入れることができるのではないか、と考え、ピアノという平均律の楽器に落とし込む試みを行った。
なお、このカーブは倍音列の反行形の関係となる。したがって全てかき鳴らせば共鳴する倍音がほとんどないくろぐろとした音が鳴らされることとなる。カーブが直線ならば和音は直線で塗りつぶされた面となるのだ。
1 塗りつぶされたトッカータ
エンジンがかかるかのような長大なグリッサンドから始まり、そのグリッサンドの一部から更に音形がとめどなく生み出される。
2 二対の矩形のスケルツォ
辺や対角線を行き来する二種類の四角形の舞。互いが同時に出会う時消滅する。
3 擬態されたアリオーゾ
それは一見して何らかの歌だが、よく見ると直線と乱雑に塗りつぶした落書きであった。ではここに歌があると思ったのは何だったのだろう?